南南's Parallel World

我常常用日文跟台灣中文碎念我最愛的太宰治(笑)💕大好きな太宰治について、日本語と台湾の中文でつぶやいています。

太宰治のフィギュアを作ったよ!(日本語ver.)

南南

今回はかなりラフな文体でお届けします!


ここ数ヵ月、個人的に激動の環境の変化があり、

うわーーーっと何か書き出したい気分なのです。

あ、元気なので大丈夫ですよ✨

何があったかは追々記事にして投稿しますね👍


🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟


太宰治が亡くなるまで約9年間住んだ三鷹の自宅を再現。


お酒のケースは実際には置かれてないけど、

私が気に入って置いちゃいました。


材料はすべてSeria(百均)で調達。

ある程度形が仕上がっているものがほとんどなので、本当に便利。

細かい作業が苦手な私でも、

完成に漕ぎ着けました。

世の中のモノづくりの方に感謝。


髪は自分で紙で作りました。髪だけに。

なんちって。


太宰は写真に写るとき、若干口角が左側に上がり気味なんだよね。(個人調べ)

だからフィギュアの口も少し左側を上向きにしてある。

太宰ぼっちゃんかわいい🎀


あと、写真に写るとき左下に目線を落としがち


手を組むとき、左手を上にしがち


すべての写真が必ずしもそうじゃないけど、

確率的にけっこう高い気がする…


親の顔より見た、太宰の顔。

まじで一生見てられるわ……


ほんまに好っきゃねん。

男性としても、作家としても、人間としても。

(エセ関西弁出てしまった…まあ関西人には変わりないからいいか)


ちなみに眉毛も自分で描いた。

ちゃんとシール貼ったんだけど、

髪を貼るときに触っちゃって

半分飛んでった(笑)

マジックで描き直したら

より太宰っぽくなったので

結果オーライ👍


ドールヘッドは、体と同じ色かつ人間の形のものが

売り切れてたので

アニマル型(ケモノ系キャラみたいなやつ)で代用。

太宰は自分でも気にするくらい

鼻が高くて大きくて目立ったから

この形でも違和感はないだろうと判断。


本人がメガネ嫌いだったのも

もしかしたら鼻が目立つからでは?と

私は推測している。

でも、私は太宰さんの鼻も大好きだよ!!!

イケメンなんだから自信持って!!(デカ声)


掛軸は筆ペンで書き写してみたけど、

難しすぎた…


母が書道のガチ師範で、若い頃から塾を経営してて、私が生まれても生徒を教えてたの。

でも肝心の我が子(私)は字を書くことに

まっっったくもって興味がなく、

母の授業を真剣に受けてなかったんだよね…

周りの生徒は賞とか取ってんのにさ…

大人になって後悔してます😢


この掛軸は、美知子夫人のお父様の遺品。

江戸時代の儒学者・佐藤一斎の書。

「不審庵」(昭和18年)に登場する。


太宰亡き後、夫人の弟さんが保管しており、

夫人の元に戻ったとき

「太宰が愛好していたから」と

喜んだという。


中央の花梨のテーブル(座卓)は

三鷹に転居する前から使用されており、

三鷹では主に接客用に使用されたとか。


当時太宰が使っていた万年筆は

美知子夫人が米国土産に貰った

エヴァーシャープ。

亡くなるまでの10年間、この一本で執筆した。

「太宰が軽く字を書く」ために長持ちしたのだろうと、夫人は語っている。


文机は、低身長の私でも使いやすい高さだった。


また余裕ができたら、

藤田家に下宿していた頃の太宰も

再現したいなと。

予定は未定ですが。


ここまで読んでくださりありがとうございます🎶


ではまた…

✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨

【写真・エピソード 参考文献】


『太宰治が生きたまち 三鷹』

令和7年3月1日 発行

編集・発行 公益財団法人 三鷹市スポーツと文化財団

芸術文化課 文芸担当

太宰の墓前で感じたこと (在太宰治墓前的感受)

南南

(中文は下のほうにあります:中文在下方)


三鷹での随感は、まだまだある。



(お墓の写真を撮ることは失礼な気がして憚られたので、せめて案内板だけでもと。)


いざ太宰の墓前に立つと、涙が止まらなかった。軽い嗚咽さえ漏らした。


長年夢見た墓前で、太宰に対して一番最初に頭に浮かんだ言葉。

「あなたはこんなところにいていい人じゃないでしょう?」


…我ながら驚愕した。

敬愛する太宰に、なんという不躾な言葉を投げ掛けてしまったのだろう。

頭の中からその言葉を消そうとしても、どうしても消えなかった。


私にとってあれほど大きな存在が、こんなに小さなお墓に骨になって収まっていることに、憤りを感じたのだろう(太宰のお墓がみすぼらしい、という意ではない)。


そのとき、長年太宰に対して抑えていた気持ちが溢れ出した。


…長生きしてほしかった。


おじいちゃんになった太宰を見たかった。

カラーテレビで動く太宰を、雑誌にコラムを寄せる太宰を、ラジオで語る太宰をはっきりと感じたかった。

肉声を聞きたかったし、髪や肌の質感も、カラー写真や映像でじっくり見てみたかった。


それが叶わぬまま、太宰が何も言わずに墓石の下に収められているのが、なんとも言い難く残念だったのだ。


太宰の長生きを切望することは、太宰の生き様、ひいては太宰の築き上げた文学を否定することだと考え、ずっと抑え込んでいた感情だった。


鼻をすすりながら太宰の墓石を拭いていると、また別の奇妙な感情が湧いて出た。


哀しく、柔らかく、温かく、うれしく、なぜか微笑みがこぼれてしまうような…これまでほとんど知覚したことのない心の機微であった。


それはまさしく、聖母マリアになったような気分だった。

磔刑に処されて息を引き取った息子・イエスを抱き抱えるピエタ像を連想した。



これが「母性」というものなのだろうか。

太宰の世話をしてきた女性たちはみな、このような感情を太宰に抱いていたのだろうか。


数分前まで泣いていた私は、気づけば微笑みながら「しょうがないなぁ」といった具合で太宰の墓石を拭いていた。

草むらで遊んで傷だらけになって帰ってきた息子に、絆創膏を貼る母の気分であった。


太宰は女性の「母性」を引き出すのがうまかったのだろう。

だから引き込まれる。離れられなくなる。私がいないとだめだと思う。そして、死してなお、その生き様や作品、自身のポートレートによって私のような多くの女性ファンを惹き付ける。


太宰治とは、そんな稀有な存在なのだ。


ここまで評論家めいた文章をつらつらと書いてきたが、要するに「太宰しか勝たん」ということである。


(↑この写真の背景はAI合成です:這張照片的背景是AI合成的喔)


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在三鷹的隨想,還遠遠沒有結束。


(因為覺得拍攝墓地照片有些失禮,所以只拍了附近的導覽看板,聊表心意。)


當我真正站在太宰治的墓前時,眼淚止不住地流下來,甚至還不小心啜泣出聲。


長年以來夢想中的場景終於實現,而我腦中第一個浮現的念頭竟然是:

「像您這樣的人,怎麼可以待在這樣的地方呢?」


……連我自己都感到震驚。

對我如此敬愛的太宰,居然會脫口而出這樣無禮的話。

即使努力想從腦中抹去,卻怎麼也無法忘懷。


或許是因為,對我而言如此巨大的一個存在,竟被安置在這麼小小的墳墓裡,這件事讓我內心感到強烈的不平與悲憤。(這並不是在批評太宰的墓地寒酸喔)


那一刻,長久以來壓抑在心底的情感,終於傾瀉而出。


…我真的希望他能夠長命百歲。


我想看看變成爺爺的太宰。

想在彩色電視上看到他生動的模樣,想讀他在雜誌上發表的專欄,也想聽他在廣播裡談話的聲音。

我想聽聽他真正的聲音,看看他頭髮與肌膚的質感,透過彩色照片或影片仔細感受他的存在。


但這一切,都無法實現。太宰什麼也沒說,就靜靜地躺在了墓碑之下。


我過去一直覺得,如果我渴望太宰能長命百歲,就是在否定他選擇的活法,也是否定了他所建立的文學價值。

因此,我壓抑著這樣的想法,不願表露。


當我一邊吸著鼻水一邊擦拭太宰的墓碑時,心中突然又浮現出另一種奇妙的情緒。


既悲傷、又溫柔、又溫暖,甚至還不自覺地微笑起來……那是一種我從未如此深刻感受過的心靈起伏。


那種感覺,就像是成為了聖母瑪利亞一樣。

我腦中浮現出〈聖殤〉雕像的畫面——懷抱著被釘在十字架上、已無生命的耶穌。


這就是所謂的「母性」嗎?

曾經照顧太宰的女性們,是否也曾感受過這樣的情緒呢?


幾分鐘前還在哭泣的我,轉眼就像在說「真拿你沒辦法啊」似的,帶著微笑繼續擦拭墓碑。

那心情就像是母親替在草叢裡玩耍跌倒受傷的兒子貼上OK繃一樣。


太宰也許就是那種,很會引出女性「母性」的男人吧。

所以才會讓人著迷。讓人離不開。讓人覺得「如果沒有我不行」。

即使他已不在人世,透過他的作品、人生、還有一張張照片,依然不斷吸引著像我這樣的女性讀者。


太宰治就是這麼一位稀有的存在。


雖然寫到這裡像是什麼文學評論家(笑),但總結一句話就是——


太宰就是最棒的!

さるすべりに、おやすみを。🌹紫薇花,晚安。

南南

(中文は下のほうにあります:中文在下方)


先日三鷹で買った写真を、ようやく写真立てに入れて飾ることができた。


(↑背景はAIです:背景是用AI製作的)


側には太宰のいた家にあったさるすべりの木の実。今は季節じゃないから枯れてるけど、夏には綺麗な紅に近い桃色の花を咲かせるそう。



木から落ちていた木の実を、ガイドの小林さんが拾ってくれたのだ。それをビンに入れて、太宰の写真の横に添えてある。




さるすべりには悲しい伝説があるそうだ。ある国の王子が、再会を約束した娘と会ったときには、娘は亡くなっていたと。


まるで、私と太宰との関係に似ている。

私が太宰を好きになったときには、もう太宰は過去の人だった。たとえ私がもっと早く太宰を好きになっていたとしても、太宰が生きていた時代まで遡り、太宰本人と接点を持つには無理がある。


しかし、そんな出会い方だからこそ、私は太宰をもっと知りたいと思った。

太宰が何を見て、何を考えて、何を書こうとして生きてきたのか。

それを追いかける行為そのものが、私の生き甲斐になった。


私が太宰に恋したこと。


決して生きてきた時代が重ならないような過去の人に、恋をしたこと。


それは、さるすべりの伝説のような悲恋である。

同時に、死してなお私を生かしてくれた太宰への恩情を感じずにはいられない。


あなたがいない未来を、今日もまた生きました。


おやすみなさい。


修治さん、そして、さるすべり。


🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹🌹


前幾天在三鷹買的照片,終於裝進相框擺起來了。


旁邊放著一顆紫薇樹的果實,那棵樹就長在太宰曾經住過的家旁邊。

雖然現在不是花季,果實也已經乾枯,但據說夏天時會開出接近紅色的桃粉色花朵。


這顆果實是導覽員小林先生撿給我的,我把它裝進小瓶子裡,放在太宰的照片旁邊。


紫薇有一段悲傷的傳說。

據說某個國家的王子,與曾經約好重逢的女孩再次相遇時,那女孩已經離世了


這段故事,就像我與太宰之間的關係。

當我愛上太宰時,他早已是歷史人物。

即使我再早一點喜歡上他,也無法跨越時間,與他真正見上一面


然而,也正是因為這樣的邂逅方式,我才更渴望去了解太宰。

太宰看見了什麼?思考著什麼?又想用文字傳遞什麼?

追尋這些,變成了我活著的動力。


我愛上了太宰。

愛上了一位早已無法與我共享時光的人。

這段情感就像紫薇的傳說那樣,是一場悲戀。

但同時,我也深深感激太宰,即使在死後,仍然給了我活下去的力量。


今天,我又活在沒有你的未來裡。


晚安了。


修治先生,還有紫薇花。


🌹