太宰を好きになったきっかけと太宰の呼び方について(我為什麼會愛上太宰治,以及我怎麼稱呼他)
🌟中文は下のほうに載せています。
(🌟中文翻譯請見下方。)
太宰の墓前に立ってから10日あまり。
その記憶は薄れるどころか、日に日に太宰への想いが深くなるばかり。
私は太宰のことを、どのように呼ぶべきだろうか?
中学生のころ『走れメロス』を授業で扱ったことを契機に、私は太宰のファンになった。
『人間失格』のような陰鬱な作品を書いている作家が、こんなに明るく軽快な作品まで書けることに驚いた。俗にいう「ギャップ」にやられたのだ。
そして太宰の語り口や文体のリズムが心地よくて、まるで私一人に話しかけてくれているような気がして、一気に太宰の虜になった。
その頃の太宰の呼び方は「太宰さん」。思春期の女生徒の、敬意と恋慕を込めた精一杯の呼び方であった。
国語便覧の太宰のページに付箋を貼り、一日中太宰の顔写真を眺めていた。太宰の生家の住所も丸暗記した。
いつも国語便覧を脇に抱えて歩いていることで、教師の間でも話題になっていたそうだ。
大学に進学し、日本文学を専攻した。太宰の研究をするにあたり、「太宰さん」呼びはできなくなった。学術的な議論では、研究対象に敬称などつけられないのだ。
最初は抵抗があったが、慣れというのは恐ろしいもので、その習慣から未だに私は「太宰」と呼んでいる。
先日三鷹の墓前に立ったときは、本人を目の前にするつもりで行ったので、敬意を込めて「太宰さん」と呼んだ。
そしてここ数日で、驚くことに私は「修治さん」と呼びはじめたのだ。
タブーを犯している感覚である。
妙な背徳感がある。
それまでは謎の自制心があった。
私は太宰のいちファンにすぎず、妻でもない、愛人でもない、産まれた時代さえ噛み合っていない、顔を合わせたこともない単なる一人の読者。
そんな私が我が物顔で太宰のことを「修治さん」と呼ぶのは、何となく汚らわしいようで気後れして、決してそのようには呼ぶまいと長年にわたって決めていた。
だが、墓前に立って本人と会った気になったからか、変に度胸がついたのか、というより心臓に毛が生えたのか、ついに先日、入眠の際に太宰のことを考えていて「修治さん」と口走ってしまった。
何かに負けたようでもあるし、勝ったようでもある。
でもそれが心地よくて、心の中の何かが解放されたような気がした。
こんなことをしていては、
私はこの先、生きている人間に恋をできないかもしれない。
それは確かな絶望であり、未来の大きな可能性を損ないうるパンドラの匣である。
もしかするとそれが、自制心の正体だったのかもしれない。
だが、後悔はしていない。
いずれこうなる予感はしていた。
もう戻れないのだ。
太宰…いや、修治さんを好きになるということは、いつもこのように危うくて甘美で、抜けることのできない底なし沼のようである。それがお互いの生きた時代を越えてしまえばなおさら、ドラマチックに映るというものだ。
……と、文豪になりきって綴ってみた。
ただの限界オタクの叫びを、小説家でもない、太宰かぶれのアラサー女子がなんとなく、かっこつけて書いているだけのことだ。
「修治さん」以外に現実で恋をすることがなくなるかもしれない…それが確定したわけでも、それを約束するわけでもないが、当分は「修治さん」への甘い想いに浸っていたい。そういう時期なのだ。
ちなみに太宰の墓前では美知子夫人も見ているゆえ、これからも「太宰さん」と呼ぶつもりである(合掌)。
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(🌟日文原文請見上方。)
自從站在太宰治墓前已經過了十多天。
那份記憶非但沒有淡去,反而讓我對太宰的情感日益加深。
我一直在思考,我應該怎麼稱呼太宰才好呢?
國中時,課堂上讀了《跑吧!美樂斯》,我因此成了太宰的粉絲。
一個能寫出《人間失格》這樣陰鬱作品的作家,居然也能寫出如此明亮又輕快的故事,讓我大受震撼。這也就是人們常說的「反差萌」吧,我正是被這樣的反差深深吸引了。
太宰的語氣與文體節奏讀起來非常舒服,讓我覺得他彷彿正對我一人低語,從此便一頭栽進了他的作品世界。
那時候,我稱他為「太宰先生」。
那是少女時期懷著敬意與戀慕所能給出的最真誠稱呼。
我在國文資料書裡的太宰那一頁貼了便條紙,一整天盯著他的照片看,甚至把太宰老家的地址背得滾瓜爛熟。
因為我總是帶著資料書到處走,後來甚至成了老師之間的話題。
進入大學後,我主修日本文學。開始研究太宰時,「太宰先生」這個叫法就不再合適了。
在學術討論裡,對象不能加上敬稱,這是基本原則。
雖然一開始有些抗拒,但習慣真是可怕的東西——久而久之我就開始直接稱他「太宰」,到現在也還維持這個習慣。
不過,前些日子去三鷹墓園時,我是以「親眼見到他」的心情去的,因此特別用上敬語,稱呼他為「太宰先生」。
讓我吃驚的是,這幾天我居然開始叫他「修治先生」了(※太宰治本名津島修治)。
有種犯了禁忌的感覺。
某種程度上,也帶著微妙的罪惡與悸動。
其實我以前對這稱呼有種莫名的自制。
畢竟我不過是一個普通粉絲,既不是他的妻子,也不是愛人,甚至連生在同一個時代都不是,當然也從未真正見過他。
我總覺得這樣的自己,若用那麼親密的方式叫他「修治先生」,就像是僭越了什麼界線,內心會產生一種羞赧與退卻。
但也許是因為站在他墓前、產生了「真的見到了他」的錯覺,又或者是我某種勇氣或厚臉皮突然出現——就在前幾天快要入睡的時候,我腦海中浮現著他的身影,脫口而出:「修治先生……」
那一瞬間,有種輸了的感覺,也有種贏了的快感。
但說實話,那種稱呼讓我感到非常愉悅,好像內心某個封印被解開了。
雖然……這麼下去,我可能真的沒辦法再喜歡上活著的人了。
這樣的想法,其實是個巨大的絕望,甚至像潘朵拉的盒子一樣,關上了某個未來的可能性。
也許這就是我過去那份「自制」的真正原因。
然而,我並不後悔。
我早就隱約知道,總有一天會走到這一步。
我已經回不去了。愛上太宰——不,是修治先生這件事,總是這樣危險又甜蜜,像無底的深淵一樣讓人無法自拔。而當這段情感穿越了時代的隔閡,更是顯得浪漫至極。
……這段文字就當作是我自以為文豪的自言自語吧。
只是個平凡的太宰迷、非小說家的三十歲女子,裝模作樣地寫下這些內心的呼喚罷了。
我或許真的會因為「修治先生」而無法再去愛現實中的人。
雖然還不能斷言,但至少現在,我只想沈浸在對他的愛慕裡。
這段時光對我而言,是一種必要的沈醉與療癒。
最後補充一句:在太宰的墓前,因為感受到美知子夫人的注視,今後我還是會稱呼他為「太宰先生」(合掌)。
