南南's Parallel World

我常常用日文跟台灣中文碎念我最愛的太宰治(笑)💕大好きな太宰治について、日本語と台湾の中文でつぶやいています。

太宰の墓前で感じたこと (在太宰治墓前的感受)

南南

(中文は下のほうにあります:中文在下方)


三鷹での随感は、まだまだある。



(お墓の写真を撮ることは失礼な気がして憚られたので、せめて案内板だけでもと。)


いざ太宰の墓前に立つと、涙が止まらなかった。軽い嗚咽さえ漏らした。


長年夢見た墓前で、太宰に対して一番最初に頭に浮かんだ言葉。

「あなたはこんなところにいていい人じゃないでしょう?」


…我ながら驚愕した。

敬愛する太宰に、なんという不躾な言葉を投げ掛けてしまったのだろう。

頭の中からその言葉を消そうとしても、どうしても消えなかった。


私にとってあれほど大きな存在が、こんなに小さなお墓に骨になって収まっていることに、憤りを感じたのだろう(太宰のお墓がみすぼらしい、という意ではない)。


そのとき、長年太宰に対して抑えていた気持ちが溢れ出した。


…長生きしてほしかった。


おじいちゃんになった太宰を見たかった。

カラーテレビで動く太宰を、雑誌にコラムを寄せる太宰を、ラジオで語る太宰をはっきりと感じたかった。

肉声を聞きたかったし、髪や肌の質感も、カラー写真や映像でじっくり見てみたかった。


それが叶わぬまま、太宰が何も言わずに墓石の下に収められているのが、なんとも言い難く残念だったのだ。


太宰の長生きを切望することは、太宰の生き様、ひいては太宰の築き上げた文学を否定することだと考え、ずっと抑え込んでいた感情だった。


鼻をすすりながら太宰の墓石を拭いていると、また別の奇妙な感情が湧いて出た。


哀しく、柔らかく、温かく、うれしく、なぜか微笑みがこぼれてしまうような…これまでほとんど知覚したことのない心の機微であった。


それはまさしく、聖母マリアになったような気分だった。

磔刑に処されて息を引き取った息子・イエスを抱き抱えるピエタ像を連想した。



これが「母性」というものなのだろうか。

太宰の世話をしてきた女性たちはみな、このような感情を太宰に抱いていたのだろうか。


数分前まで泣いていた私は、気づけば微笑みながら「しょうがないなぁ」といった具合で太宰の墓石を拭いていた。

草むらで遊んで傷だらけになって帰ってきた息子に、絆創膏を貼る母の気分であった。


太宰は女性の「母性」を引き出すのがうまかったのだろう。

だから引き込まれる。離れられなくなる。私がいないとだめだと思う。そして、死してなお、その生き様や作品、自身のポートレートによって私のような多くの女性ファンを惹き付ける。


太宰治とは、そんな稀有な存在なのだ。


ここまで評論家めいた文章をつらつらと書いてきたが、要するに「太宰しか勝たん」ということである。


(↑この写真の背景はAI合成です:這張照片的背景是AI合成的喔)


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在三鷹的隨想,還遠遠沒有結束。


(因為覺得拍攝墓地照片有些失禮,所以只拍了附近的導覽看板,聊表心意。)


當我真正站在太宰治的墓前時,眼淚止不住地流下來,甚至還不小心啜泣出聲。


長年以來夢想中的場景終於實現,而我腦中第一個浮現的念頭竟然是:

「像您這樣的人,怎麼可以待在這樣的地方呢?」


……連我自己都感到震驚。

對我如此敬愛的太宰,居然會脫口而出這樣無禮的話。

即使努力想從腦中抹去,卻怎麼也無法忘懷。


或許是因為,對我而言如此巨大的一個存在,竟被安置在這麼小小的墳墓裡,這件事讓我內心感到強烈的不平與悲憤。(這並不是在批評太宰的墓地寒酸喔)


那一刻,長久以來壓抑在心底的情感,終於傾瀉而出。


…我真的希望他能夠長命百歲。


我想看看變成爺爺的太宰。

想在彩色電視上看到他生動的模樣,想讀他在雜誌上發表的專欄,也想聽他在廣播裡談話的聲音。

我想聽聽他真正的聲音,看看他頭髮與肌膚的質感,透過彩色照片或影片仔細感受他的存在。


但這一切,都無法實現。太宰什麼也沒說,就靜靜地躺在了墓碑之下。


我過去一直覺得,如果我渴望太宰能長命百歲,就是在否定他選擇的活法,也是否定了他所建立的文學價值。

因此,我壓抑著這樣的想法,不願表露。


當我一邊吸著鼻水一邊擦拭太宰的墓碑時,心中突然又浮現出另一種奇妙的情緒。


既悲傷、又溫柔、又溫暖,甚至還不自覺地微笑起來……那是一種我從未如此深刻感受過的心靈起伏。


那種感覺,就像是成為了聖母瑪利亞一樣。

我腦中浮現出〈聖殤〉雕像的畫面——懷抱著被釘在十字架上、已無生命的耶穌。


這就是所謂的「母性」嗎?

曾經照顧太宰的女性們,是否也曾感受過這樣的情緒呢?


幾分鐘前還在哭泣的我,轉眼就像在說「真拿你沒辦法啊」似的,帶著微笑繼續擦拭墓碑。

那心情就像是母親替在草叢裡玩耍跌倒受傷的兒子貼上OK繃一樣。


太宰也許就是那種,很會引出女性「母性」的男人吧。

所以才會讓人著迷。讓人離不開。讓人覺得「如果沒有我不行」。

即使他已不在人世,透過他的作品、人生、還有一張張照片,依然不斷吸引著像我這樣的女性讀者。


太宰治就是這麼一位稀有的存在。


雖然寫到這裡像是什麼文學評論家(笑),但總結一句話就是——


太宰就是最棒的!

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